ビジネスシーンでイノベーションを起こしている経営者たちと、
クリエイティブの世界でイノベーションを起こしてきた宮藤官九郎との異業種対談企画。

今回のゲスト

松尾恒典MATSUO TSUNENORI
昭和63年 大学卒業後、地元・名古屋の銀行に就職、30年勤務
平成30年 株式会社 珠屋櫻山 取締役就任
令和2年 株式会社 珠屋珈琲 代表取締役就任
ゲスト松尾恒典
TBSラジオで放送中の「宮藤さんに言ってもしょうがないんですけど」。パーソナリティは、宮藤官九郎さん。
日本の経済を動かす経営者や団体の代表の方に、哲学や考えを聞きながら、知られざる業界の実情に迫っていく「Innovative Lounge」。
お迎えしたのは、株式会社珠屋珈琲 代表取締役 松尾恒典さんです。

宮藤:あの、もう早速コーヒーを、おいしくいただいてしまいました。
松尾:いえ、とんでもないです。
宮藤:なんと、創業80年を超える老舗の珈琲屋さんということですが。
松尾:そうですね。正確には84年で、戦前からやっています。
宮藤:すごいな。どちらでやっていたんですか?
松尾:東京の京橋で商売をスタートさせたんですけど、そのころから、庁用品として、陸軍へ珈琲を卸していました。
宮藤:で、80年以上やられていて。今は、関東圏の喫茶店、レストランへの卸、スーパー・百貨店の珈琲小売り、あとは自社ネット他での珈琲販売もやられているそうですね。ネットということは、通販で買えるってことですか?
松尾:そうですね。
宮藤:いただいたプロフィールを拝見すると、松尾さんご自身は、大学卒業後30年間地元の銀行にお勤めだったと。30年間銀行員だったってことですか?
松尾:そうなんですよ。
宮藤:割と最近珈琲屋さんになったということですか?
松尾:割と最近です(笑)ここ3年ぐらい。
宮藤:えーっ。どういうことですか?
松尾:この会社のオーナーが、私の大学時代の親友で、彼は、他の事業もやっていて、この珈琲事業がなかなか手が回らないので手伝ってくれないかっていうのが始まりです。
宮藤:それまで銀行をやってたんですよね。30年務めていたら、まあまあ出世してたってことですよね?
松尾:まあまあ出世しましたね。
宮藤:いろんな仕事を転々とする方はここによく来るんですけど、30年間同じところに勤めてたのに、割と最近珈琲屋さんになったという。しかも、全く違う業種に。
松尾:銀行があまり儲からない時代になってきたんですね。
宮藤:そうなんだ。
松尾:金利が低いですよね。こんな環境では、銀行も儲からないんですよ。で、今まで銀行員としてやりたいことは30年間やってきたんですけど、ここにきてちょっと収益重視の経営偏ってきて、僕のポリシーに合わないような感じに銀行がなってきちゃったので。
宮藤:おお。
松尾:そうすると、何かこのままではいけないのかな…と。その時にちょうど誘いがありました。
宮藤:ああ。なるほど。
松尾:会社に入り珈琲を飲んでみたんですけど、すごくおいしいんですよ。うちの珈琲。
宮藤:そうですね。そして説得力がありますね、やっぱり(笑)30年間違うことしてきた人が、急に違う道に転職するぐらいおいしかったわけですもんね。
松尾:で、今まで銀行は、お金が商売の源だったんですよね。どなたにも1万円は1万円の価値しかないわけですよ。うちの銀行だからじゃなくて1万円がありがたがられるだけで。
宮藤:ああ。なるほど。
松尾:この会社にきてお客様に話を聞くと、珈琲は「うちの珈琲じゃなきゃだめだ」って人がいるんですよ。
宮藤:いますよ。そりゃ。
松尾:僕もそうで。「この珈琲だったら飲めるな」とか、「おいしく食後の珈琲を飲めるな」とかって思いがあったので、「こんな人に喜びを与える商売っていうのはいいな、新鮮だな」と。
宮藤:そんな珠屋珈琲の珈琲は、天皇皇后両陛下にも飲まれているとか?びっくりですよ。
松尾:そうです。宮内庁御用達っていう制度。今はないですけど、その後も取引させていただいていて。宮内庁の園遊会の珈琲がうちの珈琲だったり、一昨年「令和」になった時に『即位の礼』がありましたよね、その翌日に『饗宴の儀』っていう各国の要人を集めて晩さん会をしたんですけど、そこにはうちの珈琲が1500人分提供されたり。
宮藤:すごい。珈琲の中のトップじゃないですか。
松尾:いや、トップではないです(笑)
宮藤:ここに「ロイヤルブレンド」って書いてあって、「ロイヤルブレンド」ってよく聞くなって思ってたけど、本当にロイヤル。なぜ、皇室の方が、珠屋さんの珈琲を飲もうと…?
松尾:最初は、天皇の料理番の秋山料理長って方がみえて、その方と、先々代の小林っていうのが知り合いで。秋山さんから「食後においしい珈琲を提供してくれ」と依頼があったのがきっかけで。「あまりクセがない、飲みやすい、どの国の方がみえてもおいしく飲めるという珈琲を」と依頼されて、うちはそれを提供したということですね。
宮藤:ああ。じゃ、クセがあまりないのが特徴ってことですか。すごく難しいですね。
松尾:そう。僕もそう思ったんですが、クセがない珈琲、後味がよくて香りがいいって、僕は珈琲のスタンダードだと思ってるんです。なかなかそういう珈琲に巡り合うことはないですけど、僕がうちの珈琲を飲んだ時に「あっ、こうことか」と。「これが本当のクセのないというか、おいしいスタンダードな珈琲なんだな」って感じたんです。

宮藤:そんな松尾さんが、今感じている「業界の問題点」を教えてください。
松尾:宮藤さんに言ってもしょうがないんですけど、このコロナ禍で珈琲豆の価格が大きく上がっているんですよ。実は。
宮藤:値上がりしている?えっ。全然気が付きませんでした。今までと同じ値段で買っているつもりでいました。
松尾:今までは徐々に上がりつつあったんですが、コロナ禍で、例えば物流がうまくいかなくなったり。コンテナ船が止まっちゃったり。あと、お家需要が高まり。家で珈琲を飲む方が増えてきて、それも、日本だけじゃなくて実はアメリカ、ヨーロッパ、中国の方も結構珈琲を飲むようになったんですね。そうすると、需要がかなり増える。
宮藤:そうか。需要が高まっているのは、いいことではあるんですよね?飲む人が増えているわけですもんね。
松尾:そうなんです。珈琲業界にとってはいいんですけど、気候変動の影響もあってとれないんです。
宮藤:そうか。需要が増したのに足りないから値段が上がっちゃったんだ。
松尾:そうなんですよ。我々としては、いいものを作らなきゃいけないので豆の種類を変えたりだとか、味を変えたりすることはできないんです。
宮藤:そうか。味が変わったら「俺が好きだったのはこれじゃないから、前のほうがよかったな。じゃあ違うのにしようか」ってなりますもんね。
松尾:なので、それを変えずに、例えば独身の方専用に200gじゃなくて100gで販売したりとか。ワンカップの種類を増やしたりだとか。需要に合わせて、いろいろ変えながらやっていきたいと思っていますし、適正価格であれば、ある程度の値上がりもしょうがないかなって思うんですけど。
宮藤:味を変えるよりは。あっ、1杯ずつのものって、飲むほうからすると確実に飲みきれるからいいけど、売るほうとしても確かに単価はちょっと高くなりますよね。
松尾:そうなんですよ。加工賃が違いますからね。
宮藤:なるほど。いろいろと試行錯誤の時期なんですね。ありがとうございました。おいしかったです!
松尾:ありがとうございます。
